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2017-10

西洋史の古城-3 - 2015.05.19 Tue

アンヌの婚礼

ランジェ城とアンヌ・ド・ブルターニュ

 国鉄ランジェの駅から近い中世後期のお城ランジェ。今の城館は15世紀後半からシャルル11世によって建設されたもので、1491年12月、ルイ11世の息子シャルル8世とアンヌ・ド・ブルターニュの婚礼が行われたことで知られます。
 シャルル8世がブルターニュ公国の後継ぎであるアンヌに結婚を迫った時、彼女は既に結婚していて、シャルル8世にも婚約者がいました。しかもシャルル8世の幼いフィアンセはアンヌ・ド・ブルターニュの結婚相手ハプスブルグ家のマキシミリアン1世の娘だったのです。しかし、当時14歳のアンヌは《夫》マキシミリアン1世にまだ一度も会ったことがなかったため、ローマ法王の承認を得て結婚取消が成立。シャルル8世も気に入っていたマリー・ド・ブルゴーニュとの婚約はなかったものとして、半ば強引にアンヌと結婚したのでした。
 なんとしてもブルターニュ公国をフランスに併合したいシャルル8世は、ランジェ城で交わされた結婚契約書に、もし二人の間に世継ぎ男児がいないままシャルル8世が逝去したら、アンヌは次のフランス王の王妃となるべしということを明記させました。
 渋々結婚を承諾したアンヌでしたが夫婦仲は良く、十代で次々にシャルル8世の子供を出産。しかし、生まれた幼子は次々に亡くなり、そのうち二人のお墓はトウールのサン・ガシアン大聖堂に安置されています。
 アンヌは信心深く、とても教養のある女性だったと言われ、宮廷にサロンを展開した初めての王妃でした。
 
 結局、シャルル8世は世継ぎのないまま28歳でアンボワーズ城で事故死してしまい、アンヌとの結婚契約書で交わされた約束が実行されて、アンヌは二人のフランス王の王妃となるのでした。

 ロワール地方出身のバルザックは「ランジェ公爵夫人」でこの町の名前を用いていますが、小説とランジェ城との関連はありません。
ランジェ城

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フランス中世の古城-2 - 2015.05.16 Sat



ロッシュ城の歴史

 今回、どうしても行きたかった古城の一つがこのロッシュ城。カロリング朝の基礎を築いたカール・マルテルの息子がこの地で活躍したというほど歴史は古く、その後しばらく英国プランタジネット家が支配していたのを1205年にフィリップ2世が取り戻し、以来ロッシュはフランス王家のものに。ジャンヌ・ダルクがのちのシャルル7世に2度目の謁見をしたのもこの城でした。
 月桂樹の新緑が美しいロッシュ城には牢獄としても使われた11世紀初頭の大きな主塔が残っていて、この時代としては傑出した高さ36m。王族が暮らした城館も牢獄として利用された部屋の壁には囚われていた人が残した恨み言や遺書めいた言葉が刻まれていて、中世の生々しさを今に伝えています。

 そして、何よりこの城はシャルル7世が絶世の美女と伝えられる寵姫アニエス・ソレルに与えたものとして有名です。シャルル7世は王妃との間に12人の子供をもうけ、愛人もいたけれど、トウールーズ(一説にはソミュールで)で出会った20歳下のアニエス・ソレルに一瞬で心を奪われ、フランス史上初めての公式寵姫としてその存在を公けにします。ロッシュ城のガイドさんによると、公式寵姫と愛妾とでは全く待遇が異なり、公式寵姫は王の子供を出産する度に城を一つ貰えたとか。
 シャルル7世の寵愛をほしいままにしたアニエスはしかし一介の田舎貴族の娘に過ぎなく、強い後ろ盾に欠けていたこともあって、王の取り巻きたちの彼女への反感は並々ならず、ことに王妃の秘蔵っ子でのちのルイ11世から妲己のごとく嫌われたため、アニエスが28歳で急死したのもルイ11世による毒殺(水銀中毒)が疑われています。
アニエス・ソレル
 寵姫にお金をつぎ込む父シャルル7世にさんざん反抗したルイ11世は、王位継承後この城を牢獄として利用。その息子シャルル8世の妃であったアンヌ・ド・ブルターニュもしばらくロッシュ城に滞在したので、信仰深かったアンヌが毎日跪いて祈りを捧げた祈祷室には、アンヌを偲ぶブルターニュ式のシンプルなドレスが飾られています。

 現在、ロッシュ城ではフランソワ1世vsカール大帝の展示を開催中。城館の向かいの教会にはアニエス・ソレルの墓が安置されています。

西洋史概説の古城を行く - 2015.05.12 Tue



 ロワール川周辺には、西洋史概説lそのままにガロ・ロマーン時代からフランク王国の成立、十字軍から英仏百年戦争、そしてルネッサンスに至る歴史の重要な舞台となった要塞や城が点在しています。去年は駆け足で6つの城を回ったけど、一度にたくさん回ると一つ一つの印象が薄れるのも早いため、今年はゆっくり今日まで8つのお城を回りました。
 その中で幾つかフランス史にその存在を刻んだお城をUPしてみます。
 まずは、要塞シノン城。時は1429年、ペリゴールからロワールにかけフランスに広大な領地を持っていた英国プランタジネット家に対してフランスの王位を主張できかねていた、のちのシャルル7世に17歳のジャンヌ・ダルクが単身会いに行ったのがシノン城でした。シャルル7世は義母ヨランド・ダラゴンの勧めによりジャンヌと会うことを承諾したようですが、そもそもジャンヌ・ダルクは王家の血筋を引く女性だったという説が今もフランスで囁かれています。
 ジャンヌに英国軍を追い払うよう勧められたシャルル7世は一念発起し、軍を与えられたジュンヌはその後、英国軍を破ってオルレアンを解放します。

 シノンは駅から2kmもある廃墟と読んでちょっと躊躇ったけれど、観光案内の女性から徒歩15分程度と聞いて出かけてみました。
 のどかな村からエレベーターで要塞入り口近くまで登れたので楽チン、省エネな私にぴったりと思ったのは甘かった。塔や地下牢の多いシノンの要塞の中は階段だらけでした。
 今年のシノンのテーマは《アーサー王と円卓の騎士》。伝説の騎士アーサー王を実在の人物とし、城の庭には円卓の騎士達のハリボテがあちこちに。アーサー王ととグイネヴィアの寝室まで再現していて興味深かったです。

 帰りに城の出口で、上品なマダムがにこやかに近づいてきたので軽く挨拶したら「ちょっと聖書について一緒にお話しできませんか?エホバの証人です。」とおっしゃる。慌てて、駅に急ぐからと断ると、日本語のパンフがあるから読んで下さいと小さい紙を渡されてさようなら。シノン城の観光客相手に布教っていうのもなんだか不思議です。
 村に降りたら、今度は退職した元ビジネスマンというムッシュウに話しかけられ、テキトーにあしらって駅まで足を速めたらなぜかいきなり求婚されました。日本女性と結婚するのが夢なんだそう。でもそのセリフ、もう何度も聞いた気がするわ。
 わずか数時間の訪問だったけど、シノンはなかなか面白い観光地でした。

夏スクは続く - 2014.08.13 Wed


  夏スクI期が何とか終わり、今日は安息日。たまっていた洗濯と掃除、アイロンがけ、エアコンの掃除に食品の買い出しをしたら、あっという間に貴重な一日が終わってしまいました。今日は結構涼しかったのに身体は疲れたまま。他の方のブログをざっと巡ってみたら、夏スクに参加された皆さんは余裕でI期を終えている感じなので、つくづく自分のキャパシティーのなさが情けないです。
 それにしても、午後だけだったのに連日の通学はしんどかった。暑さに強い冷房、105分×2コマ=220分授業。最終日は疲れで頭が働かず、試験もうまく行かなかったし。これで明日から第二ラウンドに入ると思うと気が重いけど、やはり生で講義を聴ける機会は貴重だから頑張って通わなくては。

 とは言え、I期のそれはそれは誠実な印象の先生による西洋史概説の授業は大変興味深く、都市国家ローマから西ヨーロッパ中世までの流れをとても面白く聴くことができました。「歴史の面白さは既成のラベルを疑うことにある」と仰る神崎先生の講義が12世紀前後までで時間切れになってしまったのは何とも残念。まだまだ中世は続くから、何かの機会に是非続きを拝聴したいものです。

 明日からはイスラムと向き合う東洋史概説。また辛い6日間が始まると思うと怖じ気づきます。

 写真はサンリスのノートルダム大聖堂。I期の西洋史概説の内容はこの街の歴史とも重なります。ローマ時代から存在するイル・ド・フランスの小さな町は、テンプル騎士団やユーグ・カペーとも縁が深く、今も中世の面影を色濃く残しているため、「王妃マルゴ」や「セラフィーヌ」など繰り返し映画の撮影に使われて来ました。

ついに夏スク初体験 - 2014.08.07 Thu

 昨年10月に入学して以来、語学の試験を受けただけでもう2年目の授業料の請求が来たので、さすがに強く反省。さっさと払っておかないと、そのうち通信大学生という身分も失いかねないので、取り急ぎ郵便局へ振込に行って来ました。
 そして、いよいよ今日から初めての夏スク開幕です。いろいろ事情があって(という言い訳をずっとしている)これまで殆どテキストの勉強して来なかったけれど、いくらなんでも対面授業ならヤル気になるだろうと思い、張り切って3週間で4科目を登録したのは5月。でも、欲張らずに1週間1科目だけにしておくべきだったかも。

 夏のスクーリングは待ちに待った通信生の大イベント、と言うけれど、実はかなり辛い修行だと慶友会の大先輩から聞いたのはつい最近。なので、ちょっとビビりながら受講した初授業の西洋史概説は、とても人間味あふれる先生による楽しい授業でした。まずはホッとするも、まだ初日が終わったばかり。猛暑もあって既にヘトヘトです。
 西洋史概説は人気の授業らしく、110名余りが登録しているそうで、大教室は盛況。気になる最終日の試験ですが、先生はどんな答案でも必ず読まれるとか。つまり、盲判は絶対ないらしい。未だ、説明せよと論ぜよの区別もようつかない私が、果たして乗り切れるでしょうか?
 

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Author:nono

慶應通信 67期10月学士入学:文学部 第2類
行き当たりばったりで勉強中。
興味の対象:フランス史と西洋美術史

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